世界のコインご紹介#86:「王様だって悩んでいた」――アレキサンダー大王を取り巻いた3人の王と、金・承継・信用の話

こんばんは。ユニバーサルコインズ村田でございます。

ここ2週にわたり、アレキサンダー大王と彼のスターテル金貨についてご紹介してまいりました。

紀元前334年、若きアレキサンダー大王はマケドニアを出発し、わずか10年ほどの間にペルシア帝国を打ち破り、エジプトからインド北西部にまで及ぶ途方もない領域を征服します。

こうして歴史だけを追っていると、「やっぱりアレキサンダー大王はすごい」という話で終わってしまいます。

しかし今週、私がお伝えしたいのはそこではありません。
その周りにいた人たちは、一体どんな事に悩んでいたのでしょうか。


実は2000年以上前の王たちも、「お金が足りない(戦争が出来ない)」「後継者をどうする」「自分の立場をどう守る」「どうすれば人から信用してもらえる」といった、今の私達が抱える現代的な問題に頭を抱えていました。

今回は「古代世界の悩み」をテーマに、父親と二人の部下(フィリッポス2世、リュシマコス、プトレマイオス1世)、彼らが残したコインを見ていきたいと思います。


フィリッポス2世:世界征服より先に必要だったのは「金(マネー)」

 
フィリッポス2世(在位:紀元前359年 - 紀元前336年)
アレキサンダー大王の父であり、弱小国であったマケドニアを強国へと押し上げた人物。鉱山資源を確保し、強力な軍隊と豊富な資金を息子に残した。アレキサンダー大王の世界征服は、父が作った「金と軍事力」という土台なしには語れない。



まず登場するのは、アレキサンダー大王の父、フィリッポス2世です。

アレキサンダー大王の父であり、マケドニアを一躍強国へと押し上げた人物。軍制を改革し、領土と財源を拡大し、息子が東方遠征へ向かうための土台を作りました。アレキサンダー大王の世界征服は、父が残した軍事力と経済基盤なしには語れません。

息子の名前があまりにも有名なので、その陰に隠れてしまいがちですが、私はこの人物こそアレキサンダー大王の大遠征を準備した張本人だと思っています。

戦争というものは、とにかく金がかかります。
兵士には給料を払わなければならない。馬も必要です。武器も必要です。食料も必要です。何万人という軍隊を遠く離れた土地まで連れていけば、その費用はさらに膨れ上がります。

どれだけ優秀な王でも、「兵士に払う金がありません」では戦争を続けられません。
フィリッポス2世はマケドニアの勢力圏を拡大し、豊富な鉱山資源と貨幣発行能力を国家の力へ変えていきました。

つまり、息子が世界征服を始める前に、父親は「世界征服できる会社」を作っていたようなものです。

ここで登場するのが、フィリッポス2世のスターテル金貨です。


 
表面には月桂冠を戴くアポロン。
裏面には2頭立ての戦車が描かれ、
その下には「ΦΙΛΙΠΠΟΥ」、

つまり「フィリッポスの」という銘が刻まれます。

大英博物館所蔵例では重量約8.6gで、フィリッポス2世の死後に発行された同型金貨も確認されています。

ここが面白いところです。

フィリッポス2世は紀元前336年に亡くなっています。
それにもかかわらず、「フィリッポス」の名前を刻んだ金貨は、その後も発行され続けました。

本人はもういないのに、名前は金貨の上に残っている。
それだけこの金貨が広く認知され、「フィリッポス」という名前自体が一つの信用になっていたと考えることができます。

王が死んでも、その信用は金貨の中に残ったのです。

そして息子は、あまりにも巨大なものを残して死んだ

父から軍隊と国家基盤を受け継いだアレキサンダー大王は、それを途方もない規模へ拡大していきます。

ところが紀元前323年、アレキサンダー大王はバビロンで突然亡くなります。
32歳でした。

巨大な帝国は残った。莫大な財産も残った。軍隊も残った。

しかし、一番大切なことが決まっていませんでした。


「誰が次のトップなのか?」
ここから、アレキサンダー大王の部下たちによるディアドコイ戦争が始まります。


 
言ってみれば、古代世界最大級の「事業承継問題」です。
世界を征服する能力と、自分が築いた世界を次の世代へきれいに引き継ぐ能力は、まったく別だったのです。


リュシマコス:「どうやって自分を王を認めさせるか?」

 
リュシマコス(在位:紀元前306年 - 紀元前281年)
アレキサンダー大王の側近(ヘタイロイ)から王となったディアドコイの一人で、トラキア地方(現在のブルガリアやバルカン半島の一部)を治めた。自身のコインには神格化されたアレキサンダー大王の肖像を刻み、その圧倒的な知名度と権威を自らの支配に利用した。「誰に王として認めてもらうか」という悩みが、コインにそのまま表れている。 


次に登場するのがリュシマコスです。

アレキサンダー大王の側近・将軍の一人で、大王の死後はトラキアを支配し、後に王を名乗ったディアドコイの一人です。最大の特徴は、自らのコインに自分ではなく神格化されたアレキサンダー大王の肖像を採用したこと。「自分は大王の後継者である」というメッセージを、コインそのものに持たせました。

しかし、考えてみてください。

昨日まで「アレキサンダー大王の部下」だった人物が、ある日突然、
「今日から私が王です」
と言っても、皆が簡単に納得するとは限りません。
そこで強烈な力を持ったのが、アレキサンダー大王という名前でした。


 
リュシマコスの有名なスターテル金貨には、
表面に神格化されたアレキサンダー大王の肖像が描かれています。
頭にはエジプトの神ゼウス・アモンを象徴する角。

大英博物館も、リュシマコスが金貨と銀貨に同じ基本デザインを用い、神格化されたアレキサンダー大王の肖像を後継者としての権威に利用したことを解説しています。

そして裏面には鎮座する女神アテナと「ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΛΥΣΙΜΑΧΟΥ(リュシマコス王の)」と刻まれています。つまり表には「誰もが知っているアレキサンダー大王」、裏には「後継者はリュシマコスである」という強いメッセージ。

非常によくできています。

今風に言えば、「アレキサンダー大王というブランドを借りて、自分の信用を作った」ということです。

2000年以上前から、人間の悩みというものはそれほど変わっていないのかもしれません。



プトレマイオス1世:「自分の王国をどう残すか」

 
プトレマイオス1世(在位:紀元前305年 - 282年)
幼少期からアレキサンダーの友人であり、かのアリストテレスにも哲学を学んだ学友でもあるエリート。東方遠征ではアレキサンダーと共に戦いを繰り広げた将軍で、ディアドコイ戦争の結果エジプトを支配しファラオ(王)になった。


そしてもう一人、ぜひ紹介したいのがプトレマイオス1世です。

アレキサンダー大王のからエジプトの支配者となり、後に約300年続くプトレマイオス朝の礎を築いた人物です。

他の後継者たちが帝国全体の覇権を争う中、豊かで守りやすいエジプトを確実に押さえ、自らの王朝を築いていきました。

私はこの人物がかなり面白いと思っています。なぜなら、「全部を取りに行かなかった」からです。

アレキサンダー大王が残した巨大帝国を丸ごと手に入れようとするのではなく、エジプトという豊かな地域を確実に自分のものにして、そこから王朝を作る。

派手さではアレキサンダー大王に及びませんが、結果としてプトレマイオス朝は約300年にわたって存続します。プトレマイオス朝の最後に登場するのが、あの絶世の美女「クレオパトラ7世」です。

 
紀元前36年 クレオパトラ世(左)と恋に落ちたマルクス・アントニウス(右)のデナリウス銀貨

そしてプトレマイオス1世の金貨にも、彼の考え方が非常によく表れています。

表は自分、裏はアレキサンダー大王
プトレマイオス1世のスターテル金貨には、非常に面白いタイプがあります。


 
キュレネ(現在の北アフリカ・リビアに存在した古代都市)で発行された金貨で、表面にはディアデム(王冠)を着けたプトレマイオス1世本人の肖像。

そして裏面を見ると、4頭の象に引かれた戦車にアレキサンダー大王が乗っています。
馬ではなく、象です。

アレキサンダー大王は雷霆を手にし、4頭の象を従えて進んでいます。アメリカ貨幣協会のデータベースでは、このタイプを紀元前299~294年頃、キュレネ発行のスターテル金貨としており、表面はプトレマイオス1世、裏面は象4頭立て戦車に乗るアレキサンダー大王としています。

メトロポリタン美術館にも同タイプの金貨が所蔵されており、直径約19mm、重量7.15g。小さな金貨の中に、2人の人物が向かい合うように存在しています。


私は、このデザインがかなり好きです。

表面では、
「私はプトレマイオスという新しい王だ」と自分自身を堂々と見せています。

しかし裏面では、
「私はあのアレキサンダー大王とつながっている」
ということも忘れずに見せています。

独立した王として自分のブランドを作りたい。しかし、アレキサンダー大王という最強のブランドも利用したい。その両方が、一枚の金貨に入っているのです。

象というモチーフも、アレキサンダー大王の東方・インド遠征を連想させます。

世界の果てまで進んだ征服者。
そのイメージを背負わせながら、表面には自分の顔を刻む。
かなり計算されたデザインではないでしょうか。


3人の王が悩んだこと

ここまで3人を見てきました。

 

フィリッポス2世が考えたのは「金(マネー)」

どうやって国を豊かにし、軍隊を維持し、次の戦いへ進むのか。

 

リュシマコスが考えたのは「信用」

昨日まで部下だった自分を、どうすれば王として認めてもらえるのか。

 

プトレマイオス1世が考えたのは「承継」

アレキサンダー大王が残したものを利用しながら、どうやって自分自身の王国を作り、次の世代へ残していくのか。


金、信用、承継

2000年以上前の話なのに、こうして並べてみると驚くほど現代的です。
だから私は古代コインが面白いのだと思います。

単に「2000年以上前の金貨だから珍しい」というだけではありません。
直径20mm前後の一枚の金属の中に、その時代の王が何を考え、何を恐れ、何を守ろうとしたのかまで残っています。

歴史書を何十ページも読まなくても、一枚のコインを見るだけで当時の権力関係まで見えてくる。

これこそ古代コインならではの魅力ではないでしょうか。


皆様の「悩み」は何でしょうか?

今回「古代世界の悩み」について書きながら、改めて思いました。

私たちが普段お客様とお話をしていても、
「何を買えばよいのか分からない」
「資産として考えるなら何を基準に選べばよいのか」
「子供へ残すなら、どんなコインがよいのか」
「そもそもアンティークコインは私には必要なのか」

本当に様々なお悩みを伺います。

コインには相場があります。オークション結果もあります。鑑定グレードもあります。
しかし、その方にとっての「正解」が書かれた説明書はありません。

1枚だけ買って終わらせた方が良い方もいれば、複数枚買う必要がある方もいらっしゃいます。


今買うべき人もいれば、まず手持ちのコインを整理した方が良い人もいます。

だからこそ今、皆様の「コインや資産に関する悩み」をテーマにした特別セミナーを企画しております。

こちらから一方的に「このコインがおすすめです」とお話しするだけではなく、皆様が実際に何に迷い、何が分からず、何を知りたいと思っているのか。

そうした声を事前にお聞きし、代表西村と私、村田が実際に考えながらお答えする機会にしたいと思っています。


詳細については改めてご案内いたします。
(9月後半に特別セミナーを予定しております)
その際にはぜひ、「こんなことを聞いていいのかな?」と思うことほどお聞かせください。

2000年以上前の王様ですら、金と信用と承継に悩んでいました。
人間の悩みというものは、2000年経っても案外変わらないのかもしれません。





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